サイト管理人プロフィール

初めまして、退職GO!GO!管理人の斎藤と申します。

リアル世界とWEBで主に中高年の転職支援を行っています。

自身もリストラや雇止めにあい、派遣・契約社員を経験。

そして決定的だったのが、うつ病の社員を追い出す役目を担ってきた自分自身が、逆にうつ病になって退職に追い込まれる因果応報劇。

だから、私の経歴を知っている同業者からは、異色のコンサルタントだなんて呼ばれたりします。

平成の世になって様々なサービスが始まりましたが、退職代行ほど画期的なサービスはありませんよね?

何故かって?

私自身、5回以上転職してきましたが、その都度「誰か代わりに退職届出してくれんかなぁ」「金払うから誰か代行してくれんかなぁ」と妄想。

そんな夢のようなサービスが現実のものとなり、運悪くうつ病で休職中だった私は退職代行を使わざるを得ない状況に陥ったのです。

波乱万丈なキャリア生活を送ってきた

20代でジョブホッパーを経験し、30代で運よく某鉄鋼会社の総務部に潜り込むことに成功。

40代でリストラされ、絶望的と言われた中年で再就職に成功。

しかし、その40代の転職活動は、20代や30代とのそれと比べ物にならないぐらい過酷。

やっと内定が出た!仕事ができると喜んだら、ブラック企業だったり法令すらまともに守らない時代錯誤の企業だったり…。

結局、まともな企業に再就職するのに1年近くかかりましたが、その再就職先でも地獄が待っていました。

粘着質な同僚に気に入られてしまい、うつ病を発症。

1年間の休職の後、自主退職。

本当にこういうのは良くある話ですが、まさま私自身がうつ病になるなんて夢にも思っていません。

その時利用したのが、今巷を賑わせている退職代行でした。

20代でジョブホッパーと揶揄された

私の歪なキャリアは、新卒で就職した会社を2年半で退職したことから始まります。

さほど要領はいい方ではない私ですが、ヤル気だけは誰にも負けません。

どちらかと言えばヤル気があるグループに属して、先輩方やパートのオバちゃん達に可愛がられ、あっという間にリーダーに昇格。

それを良しとしなかったのが同期達。

ネタまれ、出荷する商品に破壊工作をされたり、いわれのない中傷を繰り返されては傷ついて泣いていました。

これはいわゆる職場のマネジメントができていない状態で、私自身はヤル気があれば、ガンガン出世できるものだと周りが全く見えていなかったんですよね。

当時はまだ3年は勤めないと、雇ってもらえる企業はないなんて言われていた時代です。

それでも我慢の限界を超えた私は、2年半足らずでこの会社を飛び出します。

今の私にすればたった2年半ですが、当時の私には長すぎました。

30代で運よく大企業の総務課に潜り込めた

最初の就職先を2年半で辞めた後も、私は特にやりたい仕事もなく、派遣やアルバイト、契約社員などを続けていました。

「今が楽しけりゃいいや」ってのが私のモットーでしたが、やはりこの歳になると私は当時付き合っていた彼女との結婚を考え始めます。

追い打ちをかけるように派遣切りにあい絶望。

3か月の失業の後、関西では超有名な某鉄鋼会社に就職できてしまいます。

結局その彼女とは別れてしまいましたが、ここでのサラリーマン生活は今までにないぐらい好待遇。

敷地内に大浴場はあるは飲み屋はあるわで、「一生こんな生活ができたらエエな」と夢を見ていました。

あの日が来るまでは。

40代でまさかのリストラに遭い絶望

正直、リーマン時にはリストラを免れたものの、プロパー社員は絶対にリストラ対象にはならず中途採用者を狙い撃ちする上司たちに嫌悪感を抱いたのは確か。

「次に何か起こったら俺らも危ないな」と中途採用組の仲間たち。

そんな悪い予感は大概あたるもので、リーマンショックで大打撃を受けた社は、どこぞの馬の骨とも分からないベンチャー企業に身売りされてしまいます。

それが戦争の始まりでもありました。

どうにかして旧経営陣を潰したいベンチャー企業、対既得権益を放そうとしない旧経営陣の構図です。

上層部の軋轢は、私達中間管理層にも波及し、私も巻き込まれてしまいまいた。

私は古く意味のない体質を守るより、新しい効率的で健全な経営を望みましたが現実はそう甘くなく、人件費を削る以外生き残る道が絶たれてしまいます。

これが私がリストラされた経緯。

まったくもって酷いものです。

中高年での転職活動は過酷そのもの

「管理職経験がない40代以上は転職ができない」などと掲示板で言い切っている方がいらっしゃいますが、転職は十分可能。

ただし、本当に過酷でしたね。

私達には、アウトプレースメントが付けられましたが、20代30代の時と違い、年齢で確実にハネられました。

私の場合、総務か人事職を希望していたので、無いんですよね求人自体が。

もちろん、建前的には年齢でハネるのはご法度ですが、支援してくれたキャリアコンサルタントがそういうんです。

間違いありません。

やっと内定がもらえたと思って入社したら、自殺者が何人も出ているTHE・ブラック企業だったり、

「労働条件通知書と雇用契約書は試用期間が終わらないと出せない」と豪語する60代のおじいちゃんが総務に鎮座する昭和の香りが漂う職場だったりと

いろいろ経験させてもらいました。

この1年間は正直、辛く、社会から必要とされていないのか?と絶望感を味わいましたが、今こうして転職支援をするにあたりよい経験をしたと思っています。

50代の粘着質に気に入られうつ病を発症

私自身、40代で苦労して1年間転職活動を行った以上に、絶望したのが再就職先にいた粘着質な同僚。

50代のあつブチ眼鏡をかけた粘着質な経理マン。

自分のミスや仕事の非効率さはさておき、とにかく他人をサゲまくるわ、ディスりまくるわの万年平社員。

「何で自分は管理職になれないのか?」と同意が欲しくて、絡んでくるんですよね。

隙を見つけては、誰もいない会議室に呼び込まれ「お前のため」と終わりのない演説タイム。

ええ、もちろん「必要ないから辞めてくれ、構わないでくれ」と頼んだにも関わらず、「お前のここがダメ」「お前のそこがいけない」と永遠と続くんですよ。

上の上に頼んでも、彼らも絡まれたくないから見て見ぬふりです。

私がどんなに訴えても、知らぬ存ぜぬで2年半が過ぎた頃、私の体に異変が起こります。

  • 不眠
  • 食欲の減退
  • 性欲の減退
  • 不明な動機息切れ

まるで自分の体が自分のものではない、おかしな感覚に襲われた私は産業医に相談しますがそこでも悲劇が待っていました。

うつ病の事実を認めず揉み消そうとする管理職

まぁ、自分が逆の立場ったらそうするでしょうが、精神疾患の社員が出たことを絶対に認めようとはしない管理職達。

産業医にまで手を回して、外部の外科や内科、整形外科や耳鼻科に診断書を発行しては有休をとって診に行かされる日々が始まりました。

「いやいや、どう考えても心療内科でしょ?」と行く先々で言われますが、産業医は一向に診断を変えません。

そりゃそうです、産業医もしょせん雇われの60代です。

下手に管理職に逆らったら、お役御免!なんてのは目に見えてます。

果ては、大学病院に回されて精神的な疲れと、大学病院通いで消耗してしまいます。

こりゃ本当にヤバいな…と考えた私は、あることを思いつきます。

ICレコーダーで全会話を録音。

こういうリーサルウェポンは遣いたくなかったのですが、背に腹は代えられません。

  • 粘着質な同僚との会話
  • 直訴しても認めない上司との会話
  • 産業医との会話

全部録音してやりました。

復讐劇の始まりと思いきや職場で倒れそのまま

「絶対お前ら見とれよ!!労基署に乗り込んだるからな!」と意気込んでいた私。

しかし、やはりというか精神力と体力が限界を超えていたようで、職場で倒れ救急車で近くの病院に運ばれました。

そこからはトントン拍子ですよ。

運ばれた病院の担当医に事情を話したら、私が住んでいる近くの精神科医を紹介してくれて即日「診断書」を書いてくれました。

それを黄門様の印籠の如く職場に提出し、たった3日の引継ぎを経て長い長い休職期間に突入。

あれだけウソ偽りの診断を下していた産業医も完全に沈黙。

休職期間中もすったもんだがありましたが、やはりというか終わりはやってくるものです。

休職期間が8か月を超えた頃、「復帰するのか?辞めるのか?」のやり取りが多くなっていきます。

こちらとすれば、精神科医から「まだ復職は無理」の診断書が出ているわけです。

「だからもう少し待って欲しい」「いつ戻ってくるんだ?」の禅問答。

せっかく良い方向に向かっていた体調がまた元に戻っていくのが、自分でも感じられました。

そんな時、助け舟を出してくれたのが妻だったんですよね。

>まだ会社員して消耗してるの?

まだ会社員して消耗してるの?

雇われ人って凄まじい重圧のもと仕事をするので、ストレスが溜まりますよね?

私自身、40代でリストラされて、再就職先で粘着質な同僚に付きまとわれ鬱病になって絶望しましたが、今は自営業者になって自由気ままに生きています。

私が身も心も自由になれた理由は、ほんのちょっと努力しただけ!

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