退職に追い込まれるまでの90日!ワンマン社長に目を付けられた40代

目立ちたいがあまりリーダーシップを発揮して行動してしまうと、完全に裏目に出て失敗したって経験はありませんか?

特に、上司から言われて嫌々行動した時など失敗に繋がります。

会社を良くしたい、職場のチーム力を高めたい!同じように考えますが、それが全部「他責」だったら気分悪くなりますよね。

上司に会議で発言しろと言われ提案したのが運の尽き

こんにちわ!48歳男、アトランと申します。

数年前まで産業機械の営業マンを10年以上していましたが、大好きな花に囲まれた職場の、花屋向け花卉資材を取り扱う製造メーカーの営業担当へ転職を成功させました。

皆さんは、上司が出張のとき事故で死んでほしいと本気で祈ったことはありますか?

私は以前、産業機械の営業の仕事をしていました。

産業機械って分かりにくいですが、食品工場や医薬品工場に納品するハンドメイドやオーダーメイドの産業機械を受注し納品する仕事です。

独自に自社開発した機械を最も台数多く販売。

にも関わらず、給料は下がるか元に戻るだけで、同期との給料格差は開く一方でした。

原因は、会社を良くしようと会議で提言てしまったからなんですよね。

その会社はある上場企業の1部門をそこの課長だった方がスピンオフして腹心と立ち上げたワンマン企業。

その腹心である私の直接の上司である営業部長にある「お前は個人ではよく頑張っている。しかしそろそろ会社全体のことを考え発言しろ」と言われました。

私の働きを見込んでの叱咤激励だと思い、同期の意見も吸い上げ「会社改善項目100」を会議で提言。

その結果…。

「あいつは生意気だ」「会社に逆らってロクなやつではない」と一方的にレッテル。

その後は成績がよくても「やり方が間違っている。」「お前の性格では営業ダメだ」と、お客様からは多数の感謝の言葉をもらって成績も上げているにもかかわらず、人格否定、行動全否定をうけ、8年間、冷や飯を食べさせられてきました。

平日はひたすら攻撃に耐え、営業活動でお客様からの感謝の言葉だけを頼りに。

「自分さえ我慢すれば、家族は幸せなんだ」と。そしてただ週末のわずかな家族との時間を繋いで生きていました。

辞めたくても年齢の壁が立ちはだかり辞められない

しかし私が退職を心配し8年も我慢したのは、一つは年齢的なものがありました。

45歳を超えていましたが、転職を考えていていくつか求人に応募。

ところが現実は甘くない、40の壁をさらに上回る45の壁を痛感。

産業機械の営業って募集自体がそもそもなく、自分で売り込む必要があるし、転職サイトに登録しても40代に対する案件自体が少なかった。

やっと見つけたと思ったら、転職により当時の給料を予想以上に大きく下回ってしまうことが明白な金額提示。

どうにか書類選考を通って面接はしてもらえたものの結果は不採用だったりしました。

転職活動の手ごたえは、非常に厳しいと言わざるを得ませんでしたね。

営業部長である上司も、私に「辞めたい」と言わせるようあの手この手を講じてきていました。

法律ぎりぎりの20%をぎりぎり下回る給料カット、有給休暇の自動消滅システム、ノルマの高額化、配置換えや優良顧客を担当替えにより取り上げる、などです。

嫌味や人格攻撃も毎日で、別室に呼び出し、1時間以上もネチネチ話をしたりしました。

出張の際の経費もなにかよくわからない基準をもうけて、遠方への出張には赤字がでるよう操作し、私の担当を遠方にしていました。

宿泊や飛行機代も足が出る始末でしたが、顧客優先の私は断ることもできず赤字出張していました。

失敗を機に人格否定が開始され退職せざるを得ない

それは母親が脳梗塞で倒れたことです。

おり悪く、土曜の機械納品の日でした。相手先は私が育てたお得意様。

当日はしっかり引き継ぎ、当日訪問は技術員に任せました。

まったく問題なく納品できたのですが、それを聞いた上司は、「重要な仕事より母親を優先させた。もうそろそろ将来を考えろ」とどんな釈明も聞く耳を持ちません。

その時、「冗談じゃない!ふざけるな!!」とついに押さえていた感情を爆発せてしまいました。

そして日々の全否定の人格攻撃に疲れ果て怒りにまかせて私は「辞表」を出すに至りました。

6月の日曜、暑い日の夕方。

辞表、退職願、退職届、それぞれの違いもよくわかりませんでしたが、インターネットで検索し、ようやく見つけた「退職届」の簡易なフォーマット通りに書き上げました。

当然「一身上の都合により」という「自己都合」での退職届です。

提出は上司の机の上に置き、翌月曜からは納品先の産業機械のテストラン立ち合いで相手先への出張でした。

帰ってきて最初に会った時の上司の笑顔は忘れられません。

相手も「こいつはようやく辞める気になったか」と、安堵の気持ちだったのでしょう。

当時は本気で「こいつのせいで人生台無しだ」と心底呪いましたね。

この時ほど他人の「死」を本気で願ったことはありません。

しかし、この上司は外面のよい営業マン上がりの人間。

体裁を整えるためか「残った有給は消化してから辞めてよい」ということになりました。

40日ほど有給が残っていたので、その間になんとか次を決めてやろうと覚悟を決め、私は本格的な就職活動を開始しました。

自分の正義を振りかざしていたことに気が付き覚醒

退職して非常に良かった点、それは全く今までの自分の考え方が、「他責」であり自分の人生を生きていないことを認識できた点ですね。

私は年齢のこともあり、これまでの人生を深く深く振り返りました。

そして自分が「自分の正義」を振りかざし、その考えを相手にも要求しすぎた。

その結果、反発を招いたことがこれまでの様々な軋轢を生む原因の一端となっていたことを知りました。

それぞれの立場で、それぞれの正しい道があり、相手の価値観で物事を進めないと反発を招くことが分かったのです。

まずは自分の非を認め、新しい道へのりだすためのけじめとして、営業部長へ謝罪し今までのお礼をする。

流石にひと悶着あったので、会いに行くのに非常に勇気がいりましたね。

菓子折りを持っていこうと思ったのですが、上司の好きなものすらわかってなかったことに愕然とします。

同僚で事務員の女性に電話をして好きなお菓子を聞き、そちらをもってアポイントをとって、会ってもらいました。

「お役に立てず申し訳ございませんでした今まで育てていただいてありがとうございました。」と笑顔で挨拶。

今まで自分が担当していたすべてのお客様様が今後必要としている機械の提案書を新たに作成し、提出しました。

その結果「自己都合」だった退職理由を「会社都合」としてくれました。

そのおかげで保険がおり家計が助かりました。

インターネットで出会った自己研鑽する仲間と、就職活動のアドバイザーをしている仲間の協力で、3か月以内に40代での転職を成功させることができました。

書類選考で落選していたのは相手企業の研究が足りなかったからなんですよね。

しっかり企業のホームページを読み込み、そこにある言葉や求める人物像を理解して自己アピールをすることで書類選考はすべてパスできるようになりました。

全ては相手目線。

その後の営業活動や家庭での生活なども、その意識で大きく変わりました。

この退職は私の人生を変えました。

以後は他責をやめ全て自己責任とすることで、立ち止まらず前に進めています。

社長に目を付けられ退職に追い込まれた40代まとめ

最後に要点を纏めておきますので参考にしてください。

  • 年齢職業:40代営業マン
  • 退職理由:上層部に目を付けられの嫌がらせ
  • 円満退職: 1.5 (人格否定の嫌がらせ)
  • おすすめ:汐留パートナーズ

40代後半になってしまいましたが、自分の他責傾向に気付けたことはいい経験でしたね。

辛い経験をしましたが、彼ならまだまだ進化できます。

陰ながら応援していますよ。

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