憧れの新聞記者になれた!地元の有力紙に入社したはいいがブラックだった話

誰しも憧れの企業ってありますよね?

私自身、5回以上転職してきましたが、憧れの工場はいくつかありましたね。地元では有数な某航空機を作っている工場や、自衛隊の大きな船を作っている造船所。

派遣でもイイから入りたいって考えた時期もありました。

でも、イザ入ってみると外から見るのとは景色が違っていたようです。

面談だけで入社できる会社は100%ブラック企業

はじめまして、42歳の男性です。

新聞記者、半導体関連の実験補助兼翻訳、塾講師、FA開発部での電気設計担当などいくつかの職を経て、長年の夢であった在宅翻訳者として、ビジネスや技術系・特許関連の翻訳をしています。

退職の体験談であると同時に、人生初!のブラック企業体験談になります。

大学卒業当時、しばらく地元で職探しをしていました。そんな中、偶然ハローワークでとある地元紙の新聞記者募集の求人を見つけました。

「お、こいつはおもしろそうだ」と、給与は手取りで10万円程度と薄給でしたが、好奇心から喜んでその職に応募。

馬鹿な選択理由ですよね?

前任者が退職するらしく急遽募集、特に筆記試験や適性試験もなしで、面談だけですぐに採用になりました。

この時点で十分におかしいところがあったんですけどね。

で、指導を受けながら、取材や記事執筆を行い、そっちの方はコラムを任せられるくらいにはなったんですが、その中で色々とブラック要素が明らかになっていきます。

まずは、カメラ代。

写真撮影も担当せねばならなかったので、カメラは必須なのですが、なぜかこちら側がカメラ費用を半額持たねばならいということ。

「え!?意味分からん」って思ってしまいますよね。

ちゃんとした新聞社なら当然そんなことはないはず。

次は、会社の経営不振。専任のカメラマンや現像担当がいないので、記者自ら現像もしないといけなかったのですが、現像は初体験で、練習しないと当然上達しません。

なので、練習していたんですが、ある日、先輩社員の一人から、会社の運営が思わしくないから、無駄に練習するなと叱責されました。

「え!?こんな相当枚数現像しない限り大してかからないじゃん?写真現像費もまかなえないくらいやばいの!?」と、危機感を感じました。

3つ目は、休日です。

当初は、休出なしの週1休暇という説明でしたが、しばらくして、最終的には月2回の日曜出勤があるからと告げられ、実質月2日しか休めないことが明らかになりました。

大げさかもしれませんが、当時は「死ぬじゃん!?」って思いましたね。

4つ目は、先輩上司の人間性です。私自身の性格や相性などもあるので、詳しくは書きませんが、少なくとも胃が痛くなるって経験もこの会社で初めて体験しましたね。

ブラック企業を退職したくても転職先が見つからず

退職するにあたって、当然次の仕事をどうするか、給与はちゃんと最後の月の分はもらえるか心配しましたね。

次の仕事に関しては、今も大して変わりはないんですが田舎なので、業種もあまり多くありません。

自分が学んできたことを活かせるものもなく、また特にやりたいこともなかったので、日雇いのバイトなどしつつ、何をすべきか、したいかを色々と模索しました。

インターネットだけでなく、地元の求人広告、ハローワークなど色々と調べたりコネもフル活用。

幸い、タイミングよく求人広告で、派遣社員として翻訳者を募集していたので、これなら学んできたことを活かせると思い、すぐそれに応募し担当者と面接。

ただ当初募集していた職種である翻訳者ではなく、半導体関連の実験補助兼翻訳のポジションになりはしましたが、無事次の職を見つけることができました。

時給とはいえ、前職より圧倒的に上で、やっとまともに暮らせるなーと安堵しました。

前の会社の最後の給与ですが、こちらは無事支払われたのでホッとしました。ただ中途半端なタイミングで辞めてしまったので、月給だったのに、全額支払いとは行きませんでしたが。

退職後受けた嫌がらせは折半で買ったカメラの返却

退職時の、というより退職後のエピソードになるのですが、前述したカメラについてひと悶着ありました。

退職後、しばらくしてから会社から再度電話がかかってきて、その際は私ではなく家人が対応しました。

後で話を聞くと、「カメラを返せ」とのこと。

退職の際にそのまま帰宅したので、カメラを返さず持ってきちゃってたんですよ。

個人的に使うこともなかったんですが、半額払ったし、いいだろうと思っていました。

折返し電話をすると、こちらの心配などすることもなく「カメラを返してください」というので、「じゃあ当時支払った半額分は返金されるんですか?」と尋ねると、「それは返金できません」と。

「は?」ってなりますよね。

理由を聞いても、詳しくはもう忘れてしまいましたが、変な理屈を述べてごまかしてくるだけで。

その時にはもう次の会社も決まっていたため面倒になり、「分かりました」と返答し、しばらく放置。

この態度はよろしくはないのは分かってましたが。

しばらく放置しておくと、何回かしつこく電話が来るようになり、無視してたんですが、家人が対応し返却していないことが発覚してしまったので、半額分は泣く泣く諦め、会社には近づきたくもなかったので、宅配便で返却。

もちろんその費用もこっち持ちでした。

感情としては、最後の最後までブラック感満載で悲しい思いでしたね。

退職後に新聞社が倒産し早く逃げて良かったと安堵

退職から数年経ってからのことですが、その地元紙は廃刊になり会社自体も倒産していました。

「そりゃそうだよな」と自業自得だなと思いましたね。

まさに沈む宿命にあった泥舟だったわけで。

私見ですが、倒産した理由は、これは勤めていた頃から思ってたんですが、その地元紙単純につまらなかったんですよね。

4面ほどの構成で、内容は、地元のニュース(といっても田舎なので、そうそう大した事故も事件もなく、どうでもいい地元の観光地の情報や市議会情報の繰り返し)と、一応「新聞」だったのでTV番組欄、後は地元企業の広告。

正直、わざわざお金を出して読むほどの価値は感じられず、一体誰が読んでいたのかと。

その会社の関係者は別として、一部の病院の売店とかでしか見なかったな。

ただどうであれ、若気の至りとはいえ、無責任にかつ一方的に職場放棄してしまったことは今でも反省しています。

また、そんなブラック企業でしたが、今の仕事に必要な文章作成能力やその他の知識を得られた点、取材を通じて色々な人間に出会い、イベントに参加できた点、ブラック企業とはどういうものかを若い内に知ることができた点に関しては感謝しています。

すでに倒産しているので、今では「もしあのまま続けていたら…」という想像はできませんが、この会社を含め同様に今の仕事に必要なスキルをいくつかの会社を経て身に付け、好きな仕事をやれているので、幸せだと思います。

地元の有力紙に入社したはいいがブラックだった話

最後に要点を纏めておきますので参考にしてください。

  • 年齢職業:20代新聞記者
    退職理由:公休日なしの劣悪な職場環境
    円満退職: 1.0 (退職後も言った言わないでモメた最悪のパターン)
    おすすめ:汐留パートナーズ

パワハラを受けた事実を訴えて慰謝料を請求するには、証拠が必要になりますよ。

私も最後の勤め先とひと悶着あり、余計な心配続きで消耗しました。

その場合は会社側もあの手この手で封じ込めてきますから、慎重に行動しましょうね。

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