退職理由は夢と違ったから!スタッフが感じたアニメ制作現場の現実

少し前に起こった京アニ事件は衝撃的すぎて、今でも「これはひょっとして夢なんじゃないのか?」って錯覚してしまいます。

私も少しは、いわゆるヲタクをかじった人です。

大好きだったハルヒ制作者の方々が亡くなったと知って、今は昔懐かしい録画を見る毎日です。

日本のアニメって、アニメーターが3Kと呼ばれる過酷な条件下で作られるもでもあるんです。

夢を抱いてクリエーターになったが労働条件が過酷

始めまして!私は28歳の男で、名前は根本と申します。

前職はCGクリエイターをしていましたが、現在ではWEBライターをしています。

CGクリエイター時代は、CGアニメーターというキャラクターに動きをつける仕事を主にしていましたが、現在のライター業では主に社会情勢の記事を書いています。

私がCGクリエイター、その中のCGアニメーターを辞めるに至った背景には、映像業界特有の長時間労働の割に、賃金が入らない現実。

そして、CG会社には良くある事なのですが、多くの職場が裁量労働制という残業代がいくら残業し続けても出ない実情がありました。

一方で、私は自分が思い描いていた理想と現実の違いに耐えられなかったのも事実。

就職する為だけに高い学費で専門学校に通い、寝る暇を惜しんで学校の授業の後に自主勉強をしていたのですから。

ですが、この熱意が逆に私がCG業界から退職後押しする直接的なキッカケとなってしまいました。

CG業界に入った時には、「自分の腕が企業に認められた」、「これからプロの現場で自分のスキルを底上げできる」そう思い込んでいました。

しかし、現実はそう甘くありません。

最初に任された仕事は単純作業に近い物ばかりでした。

CGアニメーターと言えば、手付けアニメーションというキャラクターにいちから動きを付けて、命を授ける職業です。

これからその仕事をするんだと考えていた自分からすると、現実と理想の乖離がかなり激しかったんですよね。

そして、CG業界ではモーションキャプチャーによる基本的な動きに手を加える制作法が、現在では主流となりつつあります。

その例に漏れずに、自分も仕事の大半はモーションキャプチャーベースのアニメーションが主流。

自分は現実と理想のギャップがさらに増し、やる気が段々と削がれて行きました。

そして、肝心の手付けアニメーションの仕事が来た時に、能力が追い付かなく、ただ焦燥感と出来ない自分への失望が溜まって行きました。

遅れを取り戻そうと、会社に泊まり込み、食事の時間も作業をする生活を繰り返し、そのような生活をしていた事で、私の心と体はボロボロになって行きました。

退職したら夢を諦めるのと同じと何度も躊躇した

私が退職するにあたり、心配し、躊躇していた事は、この職を辞めてしまったら、自分はクリエイターとして終わってしまうのではないかって事でした。

簡単に言ってしまうと、物づくりへの熱意がそこで切れてしまうのでないかと考えたわけです。

私は、小さい頃から数々の映画や映像作品を観てきました。

黒澤明、スピルバーグなどの超有名な監督の作品から、マイナーな映画監督の作品もです。

そして、自分もいつか彼らの作品の様な面白い映像作りに参加したいと、CG業界に飛び込みました。

それこそ、人生を費やすつもりで業界に飛び込んだつもりでしたが、自分の情熱はいともあっさりと切れそうになっていたんですよね。

CG業界を辞める前にはガチで悩みましたね。

ここで辞めてしまったら、自分の映像に対する熱意はそんな物だったと認めてしまうと。

そして、これまで夢を追いかける自分を応援してくれた家族を裏切ってしまうのではないかと心配になりました。

「映像の道は厳しいぞ」と両親の言葉を受けながらも、自分はそれでも映像の道を志しました。

そこで両親は自分を見限るどころか、夢を応援し支援をしてくれんです。

金銭的な面でも少なくない額を支援してくれた両親。

その期待を自分は裏切ってしまうと、仕事を辞める事を何度も何度も何度も躊躇。

しかし、仕事を続ければそのまま自分の心が病み、辞めても自責の念でどうにかなってしまいそうで、決定的な判断を下せませんでした。

時効なので告白しますが、通勤電車の前に立った時に、このまま飛び降りれば楽になれるかな?と考えてしまう程追い詰められていたんですよね。

ある日突然右手が動かなくなったのが直接の理由

そんな日が続くうちに、自分が退職するキッカケとなったエピソードが起こりました。

普段の様に机の上のマウスに手をかけた所、手が全く動かせなかせなくなったのです。

これまでは、自然と慣れしたんだCGソフトの上でカーソルを何気なく動かせていましたが、そのカーソルはその時ピクリとも動かせません。

もちろん、マウスやPCの故障ではありません。

私の体が最早、マウスを動かす事も出来ないと悲鳴を上げてきたのです。

まさか、その時、良くフィクションで見てきた様な現象が私に起こるなんて夢にも思いません。

そして、その時に私は「ああ、もう無理なんだな」と悟りました。

そこから退職に至るまでは速やかでしたね。

上司に辞めたい意思を告げ、そこからさらに上の立場のディレクターに話を通し、私は3日程、休暇を言い渡されました。

その期間に辞表を書いて欲しいと言われたので、辞表を書き休暇明けに会社に渡しに行き、会社を辞める運びとなったのです。

会社自体も私が追い込まれている様子を見ていたのもあってか、無理には止められずに退職出来たと言えます。

その時感じた感情は、喜びも悲しみもない、頭が真っ白になる程疲れたって感情だけ。

そこで、これまでの人生で自分が溜めてきたモノづくりの熱意や愛情が、体からすっぽり抜け落ちてしまったのだなと気付いてしまいました。

つまり、私の前職の退職理由は、私自身の体が最早、私の言う事を聞いてくれない程に、映像に対する熱意がすっぽり抜け落ちた事と、心が消耗しきっていた事。

開放感も喪失感も全くない疲れしかない不思議な感情を持ったのは、あの時が最初で最後でしたね。

若さゆえのゆがんだ焦りが自分を退職に追い込んだ

退職した後に、私は謎の体調不良に陥り、就職以前の様な健康的な体に戻る事が不可能となりました。

それ故に、現在では在宅でWEBライターとして仕事をしています。

CGクリエイターをやっていた時よりも収入はガクんと落ちてしまいましたが、現在では収入を上げる熱意が湧いています。

退職理由となったマウスも動かせなかった現象も、今ではその気を全く見せていない事も幸いだと言えるでしょう。

今、退職時の事を思い返してみると、私は見方が狭かったんだなあと感じています。

当時は、好きな物なら自分が一番上手くならないとダメで、素人が作った物なんて、結局はプロの作る物には及ばない、それじゃ意味がないと思い込んでいました。

しかし、現在ではCGではないにしても創作活動を傍らで行っていて、何かを作ることそれ自体が面白い事なのだと気が付けました。

確かに、プロのクリエイターではなくなった今、私は多くの人が面白いと思える様な物を作る事は出来なくなったと言えます。

それは、前職を辞めた事で唯一悪かった、後悔が残る点です。

しかし、一方でモノづくりはそれ自体が面白いと言える事に気がつけたのと、仕事と好きな事は一致させてしまうと逆に辛くなる事が分かったのは退職して良かったと思える点です。

そして、会社のフローリングに寝袋を敷くのではなく、布団から起床し、時間を取らない様にコンビニで買ったおにぎりでは無く、自炊したご飯を食べる。

あたりが真っ暗になってから、やっと会社を出るわけでは無く、夕焼けを見る事が出来る。

この様な「普通の暮らし」が自分が前の仕事を退職して手に入れた一番良かった物だと言えますね。

アニメ制作現場は夢と現実が違うと感じ退職した話

最後に要点を纏めておきますので参考にしてください。

  • 年齢職業:20代CGクリエーター
    退職理由:精神系の体調不良
    円満退職: 3.0 (辞表を書いたら即日退職できた)
    おすすめ:ニコイチ

最近、イジメを受ける方も、煽られる方も原因があるって言われますが、自分の欲望を満たすため、他人を傷つけるなんて絶対にあってはなりません。

これは断固として言いますよ?

死にたいなら一人で死ねばいいんです。ほんと、巻き込まれた方はたまったもんじゃない!!

少し感情的になってしまいましたが、京アニのスタッフの方々のご冥福を心から祈っています。

最新情報をチェックしよう!
>まだ会社員して消耗してるの?

まだ会社員して消耗してるの?

雇われ人って凄まじい重圧のもと仕事をするので、ストレスが溜まりますよね?

私自身、40代でリストラされて、再就職先で粘着質な同僚に付きまとわれ鬱病になって絶望しましたが、今は自営業者になって自由気ままに生きています。

私が身も心も自由になれた理由は、ほんのちょっと努力しただけ!

その秘訣をメルマガで教えます!いつから動くの?今でしょ!

CTR IMG