地元に帰っても仕事がない!断腸の思いで公務員を介護離職した男の話

介護離職ってどこか他人事ではありませんか?

「自分には関係ない!!」って私も高を括っていましたが、母が倒れ医師に24時間介護が必要だと聞かされたとは真っ青になりましたね。

その後、妻や弟が交代で「なんとかする」と言ってくれたから助かったようなものの、これが地方だと中々うまくいかないものです。

父が倒れ母から実家に帰ってこないか督促が始まる

こんにちは!50歳男性、杉本と申します。

数年前までは、某県の職員として事務の仕事を行っていました。

介護職員への転職を一度失敗した後、やっぱり自分がやりたいのは事務職だと、現在は某NPO法人の事務職員として働いています。

私は、某県の職員として、毎日深夜まで働き、ときには休日出勤をしなければならないほど忙しく働いていました。

しかしこれといって特に不満はなく、住民の皆さんのお役に立てている達成感のもと充実した毎日を送っていました。

そんなある日、突然家の電話が鳴りました。

固定電話への電話だったので、多分実家からだろうと電話に出たところ、案の定、実家の母からの電話でした。

しかし、母の様子がいつもと違ったので何か起こったのかと心配して聞いたところ、父が足を骨折して入院したようでした。

心配になった私は、有給休暇が余っていたこともあり、一度地元に帰って父の見舞いに行くことにしました。

見舞いに行って実際に父に会ったところ、前回会った時よりも随分老け込んだ様子。

あまり元気もなくぼんやりした感じで、私は足のケガよりもそっちの方が気になりました。

母や病院の医師から聞いたところ足が元の状態に戻ることはなく、最悪、車いす生活になるかもしれないとのこと。

それで、父は大好きだった家庭園芸も、自由に出歩くこともできなくなると落ち込んでいたのでした。

そして、帰り間際、母から今の仕事を辞めて実家に帰って来られないかと相談されました。

ほかに兄弟はいましたが、私が長男でしかも独身だったので私に頼むことにしたのでしょう。

私は、安定し、充実した仕事を辞めることにためらいを覚え、「とりあえず考えておくね」と言い残して、実家を後にしました。

それから数カ月の間どうしようかと迷っていましたが、母からは、毎週のように電話がかかってきます。

結局、私は断腸の思いで仕事を辞め、実家に帰ることを決意しました。

地元に戻って事務の求人があるかどうか心配した

私は退職するにあたり、果たして実家に帰って仕事があるだろうか心配しましたね。

母は、父の年金もあるし、私も独身で扶養家族もいないのでお金の心配はいらないと言っていましたが、今後何が起こるか分かりませんし、働かないわけにはいきません。

私は、実家近くのハローワークに行ってみましたが、やはり46歳の自分に合う仕事はなかなかありません。

そのため、仕事を辞めて実家に帰る決意すら揺らぎ始めます。

「仕事はそのまま続けて金銭的な援助をし、介護サービスを使った方がよいのではないか」と提案してみたのですが、母はできれば介護サービスなど他人の力は借りたくないし、私が近くにいるだけでも心強いと言って譲りません。

そこで、もう一度、実家に帰る決意を固め、上司に詳しく事情を話し、退職の意思を伝えました。

上司からは、「せっかくこれから管理職として自分の思いを実現できる立場になれるのにもったいない」

「実家に帰っても今までみたいな安定した職業には就けない」とかなり強く慰留されましたが、私は「事情が事情なのでしょうがない」、「実家に帰って親孝行したい」と説得し、なんとか退職を認めてもらうことができました。

退職する際送別会を開いていただき涙がこぼれた

この退職について、長い間同じ職場にいた先輩に相談しました。

その先輩とは不思議な縁があり、県庁に入庁したときから何度も同じ職場になる、切っても切れない関係。

腐れ縁ってやつでしょうか?

家の事情の深いところまで話をして何度も相談し、アドバイスを求めました。

その先輩も最初は、上司と同じように「やっと人を使える立場になったのにもったいない」、「地元に帰っても今みたいな待遇は望めない」、「金銭的な支援だけして介護サービスを利用する方法は取れないのか」と私を引き留めようとしました。

しかし、私の「実家に帰って親孝行をしたい」、「今しか親に恩返しできるときはない」思いを理解してくれ、一緒に上司を説得してくれたりしました。

そして、いよいよ退職という時に、今までの職場でゆかりのある上司や先輩、同僚、後輩たちに声を掛けて盛大な送別会を開いてくれました。

今までお世話になった人たちからの温かい言葉と心のこもったプレゼントに私は胸が熱くなり、思わず涙がこぼれてしまいました。

そして、これだけたくさんの人たちが私のことを思い、応援してくれていると思うと、絶対後悔しないように、しっかり頑張らないといけないと心に誓いました。

この時抱いためちゃくちゃうれしい感情が、今も私の心の支えとなっています。

このように何のあと腐れもなく退職できたのは、上司や先輩を始め支えてくれた皆さんのお陰。

たまに、あのまま仕事を続けていたらどうなっていただろうと想像してみることはありますが、今を精一杯生きなければと思っています。

地元で介護職に就いたが合わず失敗したと感じた

私が、退職して実家に戻ったあと、父は元気を取り戻し、杖を使えば自分の足で歩けるようになるまで回復。

母に「無理して帰って来なくてもよかったんじゃないか」と冗談でいうと、「私が仕事を辞めて帰ってくることになってから、自分から積極的にリハビリに取り組むようになった」と真顔で言い返されます。

やっぱり仕事を辞めて帰ってよかったなと思っています。

ただ、やっぱり転職の方は、ずいぶん苦労することとなります。

最初は、地元のあまりの仕事の少なさや給料の安さに唖然としました。

やっぱり慣れている事務の仕事を探したのですが、46歳の私を雇ってくれるところはありません。

そんなとき、介護の求人が目に留まったので、ハローワークの職員さんに相談して、お試しとして介護職員初任者研修の職業訓練を受けてみることになりました。

職業訓練は順調に進みましたが、その中で、介護の仕事は自分に向いた職業ではないのでは?と何となく不安を覚えていました。

しかし、職業訓練終了後、結局、周りに流される形で障害者施設の介護職員になった私。

不安は的中し、最初は「とにかく仕事をしなければ」との思いだけで踏ん張っていましたが、やっぱり自分には合わず、結局6ヵ月で辞めてしまいました。

その後、もう一度じっくり、就職活動をした結果、今のNPO法人の事務職員に収まっています。

一度は、転職に失敗しましたが、介護職員初任者研修を職業訓練で、無料で受けられて、将来の両親の介護に役立てることができますし、最終的には自分が一番向いている事務の仕事に就くこともできました。

給料だけは以前の半分以下に減ってしまいましたが、それもしょうがありません。

とにかく、この退職は自分や自分の家族にとって良い結果に終わったと、今後も頑張っていきます。

断腸の思いで公務員を介護離職した男の話まとめ

最後に要点を纏めておきますので参考にしてください。

  • 年齢職業:40代公務員
    退職理由:介護離職
    円満退職: 5.0 (まるでお手本のような退職エピソード)
    おすすめ:なし

介護離職に対しての法整備が次々と行われる中、まだまだ法が追い付いていないなと思うエピソードでした。

運が悪かっただけでは済まされない、介護離職。

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